全てを乗り越えて〜心の傷の治し方〜

アダルトチルドレン 、恋愛依存、摂食障害、ADHD、アスペルガー、フレネミー、全てのパーソナリティを乗り越えて

私の人生⑩

 

 

そんなこんなで、今まで心に封印していた父への嫌悪感は

だんだんと私の態度に出るようになった。

 

 ちなみに家の中でも、

相変わらず両親の喧嘩、父の暴力・支配は続いた。

 

その時心が荒れていた私は、なぜか、

次両親が大きな喧嘩をしたら髪を染めてやる、と思った。

そしたらすぐ喧嘩したので、チャリに乗って薬局へ行って染め粉を買った。

そして染めた。

 

母は知っていたけどまあいいんじゃない、くらいだった。

先生にも聞かれたけど、病気の副作用と言った。(嘘が雑)

父の存在もあってか校則が緩い学校だったからか先生もそれ以上聞いてこなかった。

ただ父は全く気が付かなかった。ばれたらぶちぎれられるからいいんだけど。

元々地毛が茶色かったからか、本当に何も気が付かなかった。

 

そして、私は先輩に目をつけられるようになった。

元々女の子と話すのは男子に話すほど得意ではなかったけど、

女嫌いになった決定的な出来事はこれだった。

 

女って本当に陰湿だよね。

目の前で悪口言ってくるし、嫌がらせしてくるし、

体当たりしてくるし、(これは何。。?w)

呼び出してくるし、

私を攻撃したくてたまらなかったんだと思う。。

プリクラ撮ってたらプリクラの機械を思い切り蹴られたり。

みんな、病んでたのかなって今は思う。

当時は嫌で嫌でたまらなかったけど。

私は染めてるからといってヤンキーでもなかったし、

でも嫌がらせをする人はヤンキーな先輩ばかりだったから、

心の中でヤンキーをバカにしていたのかもしれない。

でも心のどこかではそんなヤンキーに憧れを持ってたのかもしれない。

あと中学生アルアルなんだけど、靴下の長さを中1は短くしろ、みたいなのがあって、

親がそんなのいいから足冷えるから長くしろって事で長くしてた。

そしたらそれも攻撃の対象になった。

今思うと私は攻撃されるのをひどく怖がっているのに、

どこかに劣等感から承認欲求が強くて目立ちたかったのかもしれない。

私は違うんだ!のような。

それが結果的に攻撃される事に繋がった。

 

 

そして中1の終わりくらいの時に、引っ越す事が決まった。

ずっと引っ越すかもしれないとは聞いてたけど、このタイミングで決まった。

私は当然嫌だった。

クラスでは色々あったけど居心地よくはなっていた。

好きな子もいたし、とにかく嫌だった。

でも、引っ越す事は変えれなかった。

借家だったのだが、父が家を貸してくれてる人ともめたからだった。

追い出しみたいなもんだった。

私はめっちゃめっちゃ嫌だった。

色々あったけど小学生からいたこの町を引っ越すのが怖かった。

 

それもあってか家にいたくなくて、

友達と常に遊ぶ毎日が続いた。

 

そしたら外出禁止令をくらった。

転校する前のこの大切な時に!!!!怒

これは本当に忘れられない。

でも最後の少しの時間は友達を遊んだ気がする・・

最後の日はみんなにお手紙を書いて読んだなあ・・

思い返すとわけわからない事話してたと思う(自分語りのような笑)

 

そういえば、今までの担任の中で中1の先生が一番私をよく理解してくれた。

先生は私の事を正義感が強くてでも繊細で弱いとこもあるけど、変なところが大人になってる。って言われた。

よく分かってるなあって、中身もちゃんとみてくれてるみたいで嬉しかった。

私の父はそんな担任にも怒鳴りにいった事があったけど、

私が担任に、ごめんね、ごめんなさいって伝えたら、

大丈夫、分かってる、お前も大変だなって言ってくれた。

 

 

 

 

そんな感じで旅立った。