全てを乗り越えて〜心の傷の治し方〜

アダルトチルドレン 、恋愛依存、摂食障害、ADHD、アスペルガー、フレネミー、全てのパーソナリティを乗り越えて

私の人生②

 

 

 

私は小さい頃からなんだか母と距離があった。

今になってその事で母と話すと父が私を溺愛しすぎて

どう接していいか分からなかったらしい。

 

私は最初は父の事を大好きでたまらなかったが、

気が付いたら母に求めるようになっていた。

でもなんだか分からない壁があった。

 

母と父はよく喧嘩をしていた。

母が泣いてる姿は2、3歳くらいから見ていたと思う。

父は典型的なDVの性格であり、

気に食わないと、否定されると、言い返されると、

怒り、脅し、暴力で相手を黙らそうとした。

 

当時の私はなんで両親が喧嘩しているのが分からなかったけど、

それを見るのが嫌だった。悲しかった。

なんだか自分も責められているようで、ごめんなさいという気持ちになった。

母は毎日表情が違った。

朝起きて母の顔を見て明るいと安心した。

でも暗い顔や悲しそうな顔をしていると不安になった。

顔色をうかがってはいい子でいようとした気がする。

その時の私は母に笑っててほしかった。

母が笑ってると安心した。

 

母とは一緒にお菓子を作ったり、

母は洋服が好きで私に服を作ったりおしゃれをさせてくれた。

母との楽しかったりありがとう、という気持ちもある。

けれど、私が殴られても恥ずかしくてしにそうでも、

もちろん止めたり守ろうとしてくれた事もあったけど

私の中で”助けてくれなかった”という気持ちがあった。

 

今思えば、母も父に恐れ、必死だったんだと思う。

でも当時の私からしたら、悲しかった。

ぶちぎれるくらい、父を半殺しにするくらいの勢いで

どうしてこの子にそんな事するの!!!と怒ってほしかったんだと思う。

でもそれは私の中の抑えた怒りであると最近気が付いた。

 

母は一人っ子で、暴力までいかないけど支配的な祖父と依存的な祖母に育てられた。

よく、人は最後は一人になるのよ、とか

私に対して、あなたの事が分からない、いつも壁がある、

どう接していいか分からない、あなたと私なんて所詮分かり合えないのよ

とよく言われた。

 

子供に対してそんな事言うかね!!!wwww

 

 

そんな感じで壁があった。

その壁が私にとって不安であり寂しくあり悲しくて怒りであった。

 

母は精神的に子供なところがあり、

言い返したり指摘すると、よく倍返しされた。笑

私の過去の出来事をネチネチ、あの時あなただって〇〇だったでしょ、

と、私が何か言うのを許さなかった。

また、あなたはお父さんに甘やかされてるからそうやって思うのよ、

みたいなお父さんを出してきたり。

それでも言い返して、私はこう思ったしこう感じたから、、と言っても

そう思うあなた(私)がおかしいんじゃないの?と言われ(モラハラやんか)

逆に母がこう感じた、こう思ったと言われたら

同じように そう感じるのはお母さんがおかしいんじゃないの?と言い返すと

どう感じても私とあなたは違うんだからおかしくないでしょ!!とキレられた。

つまり、何を言っても私は黙らされた。笑

当時の私は幼いのもあって、途中で訳が分からなくなって黙るか謝っていた。

怒りや悲しみは心の中に封じ込んでいた。

言っても分かってもらえないから。

 

私はこの人生、ずっと誰かに分かってほしい、という気持ちがあった。

そのきっかけはこういうところにあったと思う。

 

に、しても私は子供だよ?

幼かったんだよ?

幼い子供に言う言葉かいな。。と今改めてそう思う。母は子供だったと。

 

何を言っても正論を言ってもねじ伏せられたから私は自分の意見に自信ない子になった。

感情を感じても、あれ、でも私がこう感じるのはおかしいかもしれないし、、

変、と思われたらどうしよう。。。と言えなくなった。

 

 

ああ、毒親の接し方で子供の自尊心はいくらでも下がるんだぜ。。涙